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大阪高等裁判所 昭和29年(う)1763号 判決 1954年11月30日

控訴人 原審検察官

被告人 高閭玉

弁護人 鈴木正一

検察官 山田四郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、末尾添付の大阪地方検察庁検事正代理検事藤田太郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりである。

控訴趣意第一点について、

原判決が、本件第一訴因たる被告人の外国人登録証明書譲渡の事実につき有罪を認定しながら、その第二訴因たる外国人登録証明書不携帯の事実につき、それが右訴因第一の外国人登録証明書譲渡罪の当然の結果であり、譲渡罪を処罰する以上その事後行為である不携帯は独立の犯罪を構成しないものとして、この点につき無罪の言渡をしたことは記録に徴し明らかなところである。ところで所論は、要するに、外国人登録法にいわゆる登録証明書の譲渡とは、自己の登録証明書を他へ譲渡する場合はもちろん、他からこれを取得して更にこれを他へ譲渡する場合をも含むのであつて、この場合には登録証明書を譲渡しながら、自からはなお、自己の登録証明書を所持することとなるから、譲渡は当然不携帯を結果するものではない。また、前の場合、譲渡により当然不携帯の結果を来たすことがあつても、元来登録証明書不携帯禁止の規定はいわば静的な面から外国人の居住身分関係等を明確にしようとするものであるに対し、譲渡禁止の規定は動的な面からこの目的を達しようとするものであるから、両者各々その取締の目的と法益とを異にし、各独立の別罪を構成するものである旨主張するのである。しかし、外国人登録法第十三条第一項に「外国人は、常に登録証明書を携帯していなければならない。」とは、登録証明書の交付を受け、これを携帯し得べき立場にある外国人は、常時この登録証明書を携帯しなければならないという趣旨であつて、たとえ登録証明書の交付を受け、これを受有する者であつても、他へこれを譲渡し、もはや事実上その携帯の不可能な立場にある者に対してまで、その携帯を命じている趣旨ではない。けだし、法律は不能を強いるものではないから、かかる者には、登録証明書の紛失、盗難、滅失等のあつた場合と同様、同法第七条による登録証明書の再交付申請義務はあつても、証明書の携帯義務はないものと解せられるからである。すると、本件の場合において、被告人が自己の登録証明書を他へ譲渡し、もはや事実上これを携帯することのできない立場にある者であることは、記録に徴し明白なところであるから、被告人の登録証明書譲渡罪は成立しても、右譲渡後における不携帯の事実につき、同条にいわゆる登録証明書不携帯罪は成立しないものといわなければならない。所論は独自の見解に基き原判決を非難するものであつて、到底採用し難い。さらに所論は、登録証明書の譲渡罪は、譲渡の日から三年をもつてその公訴時効が完成する犯罪であり、登録証明書の不携帯罪は、その不携帯の状態が終るまで継続するいわゆる継続犯であるのに、本件の場合において、譲渡罪だけしか成立しないものとすれば、その公訴時効完成後は、いかにその不携帯の事実が継続していても、永久にこれを処罰できない不合理な結果を来すというのであるが、かかる議論は、いわゆる政策論であつて、前記の法律解釈を覆し得べき論拠とするに足りない。すると、本件訴因第二の被告人の登録証明書不携帯の事実につき、その犯罪の成立を認めなかつた原判決は正当であり、原判決には所論のような違法はないから、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 山崎薫 判事 西尾貢一 判事 藤井政治)

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